1.2 進化は心の仮説生成機
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3冊の共著はいずれも進化心理学・生物学・犯罪学における古典となった
マーゴ・ウィルソン(1942-2009)
彼女の母親は1948年、北極圏の僻地の先住民集落のクリニックで医者として独立した。
そのため、マーゴはただ1人の非先住民の生徒、ただ1人の英語しか話せない英語を母国語とする生徒として学校に通った
学校で他の生徒から疎外された経験もあり、その後の人生において、マイノリティグループ、独自の見方をする人々、そして遺棄された子供への同情の気持ちを常に抱えていた。
獣医を志したが1959年のカナダでは女性が英語の獣医学校に入学できる枠は毎年2人分しかなかった
マーゴは代わりに看護師専攻に入学したが、そこでも女性は差別的に扱われていた
それでも臨床救助を志すマーゴの気持ちは変わらず、彼女は心理学専攻に入り、臨床医になる事を目指した
1年後の鳥類発生学研究室でのアルバイト経験を通じて、彼女は次第に生理学に惹かれていった。
彼女の興味は徐々に臨床から研究に移り、睾丸の切除とホルモン補助によるアカゲサルの行動の影響をテーマに1972年にロンドン大学から博士号を取得した
1975年、あるゲニアのサハラ地域の砂漠げっ歯類研究所でのポスドクを終えたばかりのマーティン・デイリーと出会った
Sex, Evoltuion, and Behaviorを書き上げた
1978年にマーゴは殺人事件の調査資料は人間関係の葛藤や人々の情動について研究するための重要なデータとなるかもしれないと閃いた
彼女はマーティンを説得し、「誰が誰を殺す可能性が高いのか」について疫学的分析を始めた
1988年にHomicideを出版
1986年、マーゴはトロント大学法学部の1年間の研修コースに入学し、1987年にその学部の初代法学研究修士として卒業した
彼女は複数の分野の架け橋的な研究者として活躍
1997年、マーゴは人間行動進化学会の会長に選ばれた
マーゴの研究において最も重要かつ影響力を持つ発見
経験と男性ホルモンが雄サルの性的行動に与える交互作用と影響
家庭暴力や殺人におけるリスク要因の疫学的分析
夫婦間の葛藤に関する予測
地域の平均寿命が当該地域における暴力事件件数や出産年齢と関連することの発見
時間割引が安定した性格要素であると同時に、実験状況など、その場の状況に応じて変化する事を発見したこと
カナダのトロント出身
1971年、トロント大学で心理学の博士号を得た
げっ歯類の早期経験がその後の実験操作における心理と行動に及ぼす影響に関するもの
実験室内ではなく自然環境における動物の行動を研究する事を決意し、イギリスのブリストル大学のジョン・クルック(John H, Crook)率いる、比較社会ー生物学(生態学の角度から種間の社会構造や行動の違いを検討する)をテーマとした研究チームに参加 1972年〜1974年の間、マーティンはポスドクとしてサハラ砂漠でいくつもの種類のスナネズミの行動と整体について研究した
1975年、トロントに戻り、マーゴ・ウィルソンに出会う
2人はカリフォルニアに移り、砂漠げっ歯類の生態行動についての共同研究を行うと同時に、ヒトを対象とした研究も始めた
1988年、人間行動進化学会が設立され、1991年にマーティンは第3代会長に選ばれた マーティンの進化心理学に対する貢献は、その研究成果の他に、教科書の執筆や学術誌の編集によるものも大きい
本人が最も重要と考え、かつ最も興味を感じる分野
継親と暮らしている子供の虐待や死亡のリスクの上昇に関する研究
繁殖期の雄ネズミの略奪行為の増加に関する研究
地域内の収入格差と自殺率の変化の間の相関研究
デイリーは様々な事例を通して、ダーウィン理論を行動研究の指針とすることの必要性を論じている
進化心理学とは進化生物学における理論や事実を十分に考慮した心理学研究、と簡潔かつ包括的に定義することができる
進化心理学をよく知らない人々の多くは、進化心理学が物議を醸していると考えている
実際には、脳や心にも生物体の他の部位と同じように進化の歴史があり、その機能や構造は自然淘汰の累積的な効果によって形成されたという見解に対して、科学的論争は存在しない
進化理論の妥当性を支持する多くの補完的な証拠があり、その理論が根本から覆されることはないと確信を持って言える
進化心理学は、特定の心理学的特性がどのように働くのかよりも、なぜ存在するのかを問題にしている、という批判がよくなされる
ある最近の犯罪学の教科書は進化心理学と行動遺伝学を対比させて「基本的な違いは、進化心理学がなぜという究極的な問いを扱う(どのような進化的課題を解決するためにそのメカニズムが進化したのか)一方で、行動遺伝学はどのようにという至近的な問いを扱う」(Walsh & Ellis, 2007, p. 206)としている 有名な心理学概論の入門的教科書(Gray, 2007)では、進化心理学の貢献についての議論を、「進化的な観点は配偶パターンに対して機能的な説明を与える」や「進化的な観点は攻撃行動や援助行動に対して機能的な説明を与える」 敵対的な批判ではなく、むしろ好意的
進化心理学者の仕事は他の科学者がすでに明らかにし、記述している心理的メカニズムに対して、後付けの説明を加えることである、という印象を与える点で、誤解を招くもの
他の心理学者と同じように、まだ知られていないことに関する検証可能な仮説を生成し、それらの仮説を検証している
進化心理学的アプローチの特徴とは、進化プロセスに関する最新知見に基づいた機能的な理論や仮説を用いて、メカニズム(どのようにという疑問)に関する至近要因的な仮説を独自の発想で秩序立てて生み出していること
参加者の男子学生たちに用意したTシャツを2晚着てもらう
女子学生たちにそのTシャツを嗅いでもらい、その匂いがどのくらい強烈かと、どのくらい好ましいかを評定させる
複数の対立遺伝子は免疫系の機能との関連が知られており、また、ヒト以外の種を用いた研究で、体臭にも影響することが知られていた
女性参加者がかいだTシャツを着た男子学生の中には、彼女らとMHCの遺伝子型が似ている人も似ていない人もいた
分析のために、女性参加者は経口避妊薬を服用している人とそうでない人に分けられた
主な結果
自然な月経周期の女性は、自分と遺伝的に似ている男性よりも似ていない男性の匂いをより好ましいとする、統計的に有意な傾向が見られた
ピルを服用している女性は反対の傾向を示し、遺伝的に類似している男性の匂いを有意に高く評定していた
訳注: 元論文では、傾向は出ているが有意ではない
一体なぜそのような実験を行おうと考えついたのか
男性の匂いに対する女性の情緒的反応の適応的機能に関して、進化的思考からの発想が至近要因的仮説を生んだ、という点にまとまる
第一に、男性の匂いに対する情緒的反応に影響されて、女性が配偶相手を選び得る、というアイデアがある
第二に、MHC遺伝子型類似している繁殖ペアではホモ接合体の結果として弱い免疫システムを生み出す可能性が高まるため、自然淘汰はMHCが類似していないパートナーを好むことに有利に働くと予測できる 第三に、経口避妊薬は女性を心理生理学的に不妊状態にさせるため、男性に対する好みは、潜在的な配偶相手を選ぶための適応的機構を反映するのではなく、社会的サポートを最大化する形働く 最後に、なぜ、男性の匂いを女性が判定するという研究を行い、その逆ではなかったのか
多くのメスの哺乳類と同様に、女性は男性よりも厳しく配偶相手を選ぶから
オスよりもメスの方が子供に対して多くの投資を行うため、配偶相手として悪い相手を選ぶことは、オスよりもメスにとって大きなコストとなる
二つのことを強調しておく
それまでに知られていない、心理反応に対する至近要因的な影響
二つ目は、進化理論や進化の知識から着想を得ていない心理学者の誰一人として、これらの事実を発見することはできなかった
適応的機能に関する適切な思考法はダーウィニズムを必要とする
「進化的思考は仮説生成を秩序立てる」という私のもう一つの主張は、心理学者は生物の心が自然淘汰によって適応度(対立遺伝子と比較した当該遺伝子の相対的な複製成功度)を高めるようにデザインされていることに気づかないまま、それらの制約を考慮せずに仮説を生成し、結局袋小路に迷い込みがちなことから来ている
精神分析理論にはそういった例が豊富にある
なぜそのような非適応的な性衝動と憎悪に時間と心的エネルギーを浪費しなければならないのか
機能的な仮説がしばしばエディプス理論と不穏なまでに似ている状況となっている
そこで提唱された機能は完全に心の内面で完結しており、ヒト実際に直面しそして適応度を上昇させるメカニズムが必然的に働く、生態学的・社会的課題の解決に全く寄与しない
心の作用のほとんどは様々な困難から自尊感情を防衛する機能を持つという近年人気のある理論
人間は死が不可避であることを知る唯一の種であるがゆえに、実存的な恐怖によって行動が麻痺状態に陥ることに対する防衛機構を備えている
進化的観点から見ると、自尊感情の維持が進化によって獲得された心理機構の究極的な機能であるなど到底あり得ない
つまり、自尊感情を損なう経験は、うまく行きそうにない課題や勝てそうにない勝負は避ける賢明だと判断することの統計的な指標であり、自尊感情が高まる経験は、その後の行動に逆の効果をもたらす ヒトの精神が自尊感情の上昇や低下のサインを無視し、自身の実際の欠点に注意を向けることなく、恣意的で内部完結した制御戦略に基づいて自尊感情を一方的に高めるものだとしたら、とても奇妙で非機能的
社会心理学の分野でこのようなまとまりのない非ダーウィン的言説が次々と成功を収めるプロセスは、累積的な科学の進歩というよりも、一過性の流行の連続のように思える 認知的不協和理論や恐怖管理理論は今後数年間は大流行するが、その後は時代遅れになり、後続の理論が先行理論による発見を土台として発展することはおそらくない Pinker, 2005は「今に至るまで、社会心理学の原動力となってきたのは、ヒトという動物の社会性の本質に関する系統だった問いではなく、人々が奇妙な行動を取る状況に対する収集癖だ」と批判 一方で、進化社会心理学はヒト以外の動物を研究し、近年はヒトも研究しながら、数十年に渡って累積的な発展を遂げてきた
彼らが複雑な心理的適応の究極的な機能は適応度の上昇であることを理解し、その上で、それらのより至近的な目標を配偶者選択や配偶者誘引、親の投資の適応的な分配、価値ある互恵関係の維持など適応度の上昇につながる補足的な機能として捉えるべきだと知っていたから 今の進化心理学の創始者の一人であるサイモンズは、かつて心理科学における多くの領域がダーウィニズムを本当に必要としているわけではないと述べている 視覚心理学者は視覚システムがどのようなメカニズムを有しているかを明らかにしてきた
自然淘汰が何を最大化しているのかという問題を一切考えずに発展してきた。 「自然淘汰に基づく考え方は近くの恒常性のメカニズムに関してほとんどヒントを与えません。なぜならば、そうしたメカニズムの理想的なデザインは、その究極の目標が遺伝子の複製であっても、個人の肉体の生存であっても、ホモ・サピエンスという種の存続であっても、あまり変わらないだろうからです。全く同じ理由で、飢えないことや脅威にさらされないことといった曖昧な個体の目標を前提とする場合も、自然淘汰に基づく考え方から得られるものは多くありません。遺伝子の複製を促進するように脳と心がデザインされていることを重視して初めて、心理学はダーウィンの生命観に基づいて有意義な成果を上げられるのです」(Symons, 1987) 続いてサイモンズは遺伝子的子孫を残すよう心が進化的に適応してきたということが、本当に重要な問題となるのは、社会的および性的な感情を分析するときだと述べている
自然淘汰のプロセスを明確に考慮しなくても知覚の恒常性のメカニズムは適切に検証できると述べた部分に関して、サイモンズは正しい
社会心理学的メカニズムはそうではないという主張は間違いなく正しい
彼の主張は彼が自然淘汰に基づく考え方が心理学者に役立つ領域の広さを過小評価するものであり、そのことは彼自身が選んだ事例、すなわち飢えないことや脅威にさらされないことのような曖昧な個体の目標を使っても証明可能(Daly & Wilson, 1995) 地上営巣性の鳥のいくつかの種では、卵を抱いている間は親鳥の体重が一定の割合で減り続ける 飢えていない状態を根本的に変えてしまうことは、メスの健康状態を悪化させ、生存の可能性を下げる
しかし、自然淘汰が最大化するものは繁殖成功であり、単に長生きすることではない
同じように、脅威にさらされないというのも単なる曖昧な目標ではなく、特定の状況において大胆に行動した場合と臆病に行動した場合の適応度上の損失と利得のバランスによって適応的に調整されており、自然淘汰に基づく考え方はこのようなトレードオフを分析する上で不可欠(Blumstein, 2009) 進化心理学者は適応論者
適応論はメタ理論として位置づけられる
適応論は非・進化心理学者が称揚する理論と対置すべき代替仮説ではない
適応とは目的ではない
適応とは進化理論において、生理学の理論における満腹や、心理学の理論における自尊感情のような目標状態とは異なる概念 私たちが行動を説明するときに適応度上の結果を引き合いに出すとき、それは何らかの目的あるいは動機としてではなく、特定のより至近的な目的や動機がなぜ行動の原因となり得るように進化してきたのかを説明するために用いる
適応論者としてのスタンスは将来の心理学研究に多くのリサーチクエスチョンをもたらす
忘れる速さは予測材料としての過去の経験の情報価値が低減していく速さと、領域を超えて相関するか
獲得するよりも損失することに対してリスクを大きく感じる傾向を社会的適応として理解し、いわゆる損失回避は「自分は誰にも搾取されないぞ」というアピールとして機能すると考えるのは妥当か
乳離れしたばかりの幼児は、生まれたばかりのきょうだいとの血縁度を、自分と両親が同じか、片親だけが同じかというように推定し、それに応じてきょうだい間の対立の激しさを調整するのか
心がデザインされていることは明らか
「ヒトの心が何の目的のためにデザインされたのかを知ることによって、われわれの心に対する理解が大幅に進むだろうと期待するのは、当然のことではないだろうか」(Williams, 1966)